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新潟地方裁判所 昭和33年(ワ)270号 判決 1961年8月31日

原告 川瀬富治

右訴訟代理人弁護士 岩淵止

被告 江口市五郎

右訴訟代理人弁護士 上村五郎

主文

当裁判所が当庁昭和三二年(ケ)第一六五号不動産競売事件につき、同三三年七月二五日に作成した配当表のうち、被告にたいし金七一万八、二三六円を配当する(利息三三万三、五九二円および元金八〇万円の内金)とある部分を取り消し、右金員を原告に配当する(利息三万九、四五二円および元金九〇万円の内金)と変更する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外柳瀞所有にかかる別紙物件目録に記載の不動産(以下「本件不動産」という。)にたいして訴外株式会社藤田組が昭和二六年八月二四日債権額二〇万四、七四三円八五銭につき第一順位の抵当権設定登記を経由していたところ、被告が新潟地方法務局内野出張所昭和三二年七月三日受付第一、五二八号をもつて債権額八〇万円につき第二順位の抵当権設定登記を経由し、ついで原告が右出張所同年九月一七日受付第二、一九三号をもつて債権額九〇万円につき第三順位の抵当権設定登記を経由し、さらに訴外泉井フミが同年一一月一四日債権額二五万円につき第四順位の抵当権設定登記を経由したこと、右訴外泉井において同年一一月二五日当裁判所にたいし本件不動産につき抵当権実行による競売を申し立てたところ、当庁同年(ケ)第一六五号事件として係属し、当裁判所で同年同月二七日競売手続開始決定をし、その手続をすすめた結果、同三三年七月三日代金一〇四万五、九〇〇円をもつて競落許可決定をし、配当期日を同年同月二五日と指定したこと、それで原告が前示第三順位の抵当権付貸金債権にもとづき元金九〇万円とこれに対する昭和三二年九月九日より同三三年七月二五日まで約定利率月一分五厘の割合による利息および遅延損害金一四万二、四〇二円、以上合計一〇四万二、四〇二円につき配当をもとめる旨の計算書を提出したこと、当裁判所において右配当期日に配当表(代金支払表)を作成したが、その配当表には、被告にたいし前示第二順位の抵当権付債権に充当するため金七一万八、二三六円を配当し(利息三三万三、五九二円および元金八〇万円の内金)、前示第三順位の抵当権付債権者たる原告にたいしては交付すべき金員が残存しない旨の記載をしたことおよび原告が右配当期日に出頭して配当表のうち被告にかんする部分につき異議を申し立てたが、同日その異議が完結しなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、まず原告の訴外柳瀞にたいする債権および抵当権の設定、登記の経過についてみるに、証人朝妻登(第一回)および同小出良政の各証言≪省略≫を総合すると、つぎの事実が認められる。すなわち、

訴外柳瀞はかねてその友人たる訴外鶴巻照より金九〇万円の金員を借り受けていたところ、訴外鶴巻において右金員を早急に必要とする事態にいたつたが、訴外柳はこれを返済することができなかつた。そこで右訴外両名において金融先を探しもとめた末、昭和三二年五月上旬訴外朝妻登を介して原告にたいし、衷情を訴え直ちに返済するから金九〇万円を借り受けたい旨申し込んだところ、原告は訴外朝妻と格別懇意な関係もあつて右申込を承諾し、同年同月六日頃訴外朝妻を使者として新潟県商工信用協同組合沼垂支所長伊藤御武振出にかかる額面九〇万円の小切手一通を訴外鶴巻に交付し、もつてその額面金員を貸しつけた。しかるに、訴外鶴巻、柳の両名において約旨に反して右借受金を直ちに返済しなかつたため、原告および訴外朝妻が訴外柳にたいしてその善後処置を講ずるよう追求した結果、右昭和三二年五月中旬訴外柳において原告にたいし前示債務金額を弁済する責に任じ、これを担保するため本件不動産につき抵当権を設定し、もしくはこれを利用して他より金員を借り受け、またはこれを他に売却しその代金をもつて右債務の弁済に充当して貰いたい旨の申し出をし、これが処分一切を委任したので原告はこれを承諾し、かつ同訴外人より右登記に必要とする本件不動産の登記済証(当時その所有名義は訴外柳のものとなつていなかつたことは後に認定するとおりである。)、白紙委任状、印鑑証明書などの交付を受けた。ところで、その当時本件不動産はすでに訴外柳に所有権が帰属していたものの、登記簿上の所有名義が同訴外人の亡父扇与吉のままとなつていて、直ちに抵当権設定登記その他の登記申請手続をすることができない状態にあつたため、昭和三二年六月頃訴外柳、同朝妻らが本件不動産の登記所管庁たる新潟地方法務局内野出張所に出頭し、司法書士太田邦義に依頼して、本件不動産の所有名義を訴外柳のものに改める手続を終え(その登記申請手続に要した費用は全部原告が負担した。)、同年同月二九日頃訴外柳より右登記済証および同人の印章など本件不動産にかんする登記申請手続に必要とする書類、物件を原告の代理人たる訴外朝妻が受領した。そして前示約旨にしたがい原告が訴外柳より預かつていた右登記済証などを使用し新潟地方法務局内野出張所昭和三二年九月一七日受付第二、一九三号をもつて、債権額九〇万円、利息一分五厘、弁済期同年一一月一〇日なる債権を被担保債権とする抵当権設定登記を経由した。

以上の事実が認定され、これに反する証人朝妻登(第三回)の証言部分は前示各証拠に対比し措信せず、他にこれを動かすに足る証拠はない。なお、前示のとおり右抵当権設定登記には被担保債権の約定利息は月一分五厘、弁済期は昭和三二年一一月一〇日と記載されているが、それらの点についての合意の成立したことおよび原告が訴外柳にたいし前示債権を有することについては、いずれもこれを認めうる証拠はない。

右の事実によれば、原告の訴外柳瀞にたいする債権についての利息の約定および弁済期の約定がされた事実がないにもかかわらず、抵当権設定登記には利息は月一分五厘、弁済期は昭和三二年一一月一〇日と記載されており被担保債権の内容として登記されたところと実質上の権利内容との間に不一致があるので、この関係につき考察する。がんらい登記は、すでに存在する物権ないし物権変動の状態を公示しこれに対抗力を与えるものであるから、登記が有効に成立するためには、一般に登記簿上の記載事項に対応しこれに符合する実質上の権利関係の存在することを必要とし、両者が完全に合致するのが望ましいところではあるけれども、些細な不一致がすべてその登記を無効ならしめることは、登記官吏に実質的審査権を与えず登記に公信力を認めない現行制度のもとでは妥当を欠くばかりでなく、不動産取引の安全と円滑を害すること甚はだしいものがあるので、登記事項と実質上の権利内容との間に多少の不一致があつても登記の表示によつて真実の権利との同一性が認められ、実質上の権利関係の態様を公示しうるに足る限り、これを有効と解するのが相当であるが(かような場合にあつては当事者間において更正登記をしうるし、またこれをすべきであろうが、更正登記をしなかつた場合がここで問題である。)、この場合登記事項が実質上の権利内容よりも過大であるときは、それが実質と符合する範囲においてのみ効力を有するにとどまることは登記の法的性格にかんがみいうまでもないところである。かような見地から本件についてみるに、原告と訴外柳との間に昭和三二年五月六日金八〇万円の消費貸借が成立し、しかも他に原告の右訴外人にたいする債権の存在が認められないのであるから、被担保債権たるべき基本債権はすでに存在し他の債権と混同するおそれもなく、ただその利息および弁済期の約定がないにもかかわらずこれあるかのような登記事項の記載があるにとどまるわけであるが、この程度の実質関係と登記事項の不一致があつても被担保債権の同一性を害するものではなく、またその登記が公示の原則に反するものとは考えられず、したがつてこれがため形式的にも実質的にも前示抵当権設定登記の効力に消長を及ぼすことはないものというべきである。もつとも、前示のとおり利息および弁済期についての約定のあつた事実が認められないのであるから、被担保債権の利息は一般原則にしたがつて民事法定利率年五分、弁済期については期限の定めなきものとし、その限度においてのみ抵当権の効力が及ぶにすぎない。

三、つぎに被告が抵当権設定登記を経由するにいたつた事情についてみるに、前示甲第一、第五、第一〇号証≪省略≫を総合すると、以下の事実を認定することができる。すなわち、

訴外朝妻登は原告より依頼を受けその代理人として本件不動産の登記済証および訴外柳瀞の印章を保管し、それらを利用して他より金員を借り受け前示金九〇万円の債務に充当するため適当な金融先を得たいものと考えていたところ、たまたま昭和三二年六月二九日午後新潟市白山浦二丁目にあつた訴外朝妻の事務所に被告が来訪したので、同人にいし右の事情を話した。これを聞いた被告は訴外柳にたいし、「本件不動産を担保にすれば、新潟市網河原に居住し自分と面識のある訴外渡辺某なる人から金八〇万円ないし金九〇万円程度の金員を借り受けることができる。右金員を借り受けたならば、これをさらに新潟県信用協同組合などの金融機関に定期預金をし、それを裏づけとして倍額の金一五〇万円ないし金一六〇万円位の金員を借り受け、そのうち金九〇万円を原告の債権に充てればよいであろうから、残余の金員は自分に利用させて貰いたい。」という趣旨の申し出をした。訴外朝妻は即日原告にたいし被告より右申し出のあつたことを伝えたところ、当時原告としては被告に一面識もなかつたのでこれに不安を感じ承諾をためらつていたが、かねがね懇意の関係にあつた前示訴外伊藤御武に相談したところ、同訴外人がこれに賛成したため、被告の申出を承諾し、翌六月三〇日代理人たる訴外朝妻を通じ被告にたいし前日の申込を承諾し、申出どおりの処理方を委任する旨の意思表示をし、かつ同日午後訴外朝妻をして同人の保管にかかる本件不動産の登記済証、原告の印章、印鑑証明書など登記申請手続に必要とする書類物件一切を手交させたところ、被告はこれらを受領し、「大体一週間ほど待つて欲しい。」と述べた。右のようにして登記済証などをその手中に収めた被告はこれを奇貨とし、原告および訴外朝妻には無断で、それより僅か三日後の昭和三〇年七月三日新潟地方法務局内野出張所受付第一、五二八号をもつて自己の債権を確保するため前示第二順位の抵当権設定登記を経由した。その後、被告が前示約旨に反して自身の利益のため抵当権設定登記をしたことを知つた訴外朝妻は事の意外に驚き、その事実を確認したうえ、昭和三〇年七月八日新潟市関屋の事務所に被告を訪ねその不信行為を難詰したところ、被告は、「申し訳なかつたが、自分の債権を保護するためにやむを得ずやつたことだ、原告にたいしてはまことに悪かつた。」と述べたが、格別その登記を抹消するという趣旨のことはいわなかつたので、訴外朝妻は被告よりさきに交付した登記済証の返戻を受けて帰つた(なお、訴外柳の印章はすでにその前日、被告が直接同訴外人に返済した。)。

証人朝妻登(第一回)、新保正平(第一回)の各証言および被告本人尋問のうち、右認定に反する部分はいずれもたやすく信用できず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

四、原告は被告のした前示抵当権設定登記については、その前提をなす抵当権設定契約およびその登記申請につき被告と訴外柳との間に合意がなく、したがつて右登記は実質関係を欠くため無効であると主張するところ、被告は右抵当権の設定および登記にかんする合意が訴外柳との間に昭和三二年四月一四日に成立したと抗争するので以下この点について審究する。

証人江口静子の証言のなかに、「訴外柳夫妻が借りた金を返さないので何度も催促したところ、いつでも待つてくれといつていた。三年位前(昭和三二年頃)、内野に自分名義の土地があるから、いよいよなさないとき(弁済できないときの趣旨)には抵当権を設定してもよいといつたことがある。」旨の供述があるが、同証人は他方において、「抵当権の話があつたとき、自分は、その場にいなかつたので、詳細な話は分らない。」と述べ前示供述が何人からかの伝聞であると認められる点、本件不動産が土地のみでない点および証人柳瀞の証言などに対比すると前段の供述部分はたやすく措信できない。また被告はその本人尋問において、「訴外柳が債務の見返りに振り出した手形が不渡りになつてから、同人との間に口頭でその所有にかかる不動産につき抵当権を設定する話ができた。訴外柳に昭和三二年四月の上旬か中旬に数回あつた際、その都度自分の父はすでに死んでいるが、所有名義を変更するまで抵当権の設定を待つて貰いたいといつていた。」という趣旨の供述をしているが、該供述部分はこれを否認する証人柳瀞の証言に照らしあわせるとにわかに信用できない。さらに乙第二号証によれば、被告が昭和三二年三月二九日付の書留内容証明郵便をもつて訴外柳瀞、勝見静の両名に宛て差し出した書面のなかに、「私が預つてる書類の土地に関しその口頭契約を解除したものとみなし云々」という記載部分があるが、本件不動産が土地のみでなく、また右文面中の土地が果たして本件不動産の一部か否か明らかでないこと、右書面はたんに被告が訴外柳らにたいし一方的に通告したものであること、および被告の預つていた土地に関する書類や解除するものとみなすという契約の内容が不明であることなどをあわせ考えると、右記載部分によつて原告と訴外柳との間に抵当権設定契約の締結されたことを推認することもできない。そのほか全証拠を精査してみても、被告の主張するような趣旨の抵当権の設定および登記にかんする合意が昭和三二年四月一五日頃に成立したことを肯認するものはない。かえつて前示甲第一〇号証、証人柳瀞の証言によつて成立を認めうる乙第五号証に証人朝妻登(第一、二回)、柳瀞、関口俊夫、江口静子の各証言および被告本人尋問の結果を総合すると、被告は昭和三二年七月七日自己の居宅において訴外柳瀞より同人にたいする債権を担保するため本件不動産につき抵当権を設定し、これを登記する旨の承諾を得るとともに、さらに経由した抵当権設定登記にその設定契約が成立した年月日として申請した昭和三二年四月一五日付に遡らせた日付の念書と題する書面(乙第五号証)を作成させこれを差し入れさせたことが認められる。

してみると、被告は昭和三二年七月七日訴外柳との間で同訴外人にたいする債権を担保するため抵当権の設定およびこれを登記する旨の契約を締結したものというべきである(ただし、被担保債権の額、利息、弁済期の約定の有無が明らかでなく、また訴外柳の意思表示に瑕疵のある疑いがないわけではないが、ここでは差しあたりそれらは争点となつていないので、これについて判断はしない。)。右の事実によれば、被告のした抵当権設定登記は当初その記載内容に対応する抵当権の設定および登記につき訴外柳との間に合意がなく、したがつて実質関係を欠いていたため無効なものであつたが、昭和三二年七月七日にいたりそれに合致する実質関係を具備するにいたつたため、その時以後は有効な登記となり、それまでの間に登記上利害関係を有するにいたつた者以外の第三者にたいしては対抗力を有するにいたつたものと解すべきところ(最高裁判所、昭和二九年一月二八日第一小法廷判決、民集第八巻第二七六頁など参照)、前示のとおり原告が本件不動産につき抵当権設定登記を経由し、登記上利害関係を有するにいたつたのは被告の右登記が有効となつた後の昭和三二年九月一七日であるから、原告としては右の意味においては被告の抵当権設定登記に対抗することができない。

したがつて、被告のした右登記にかんしては訴外柳との間にその前提をなす抵当権の設定および登記についての合意が成立しておらず、登記に対応する実質関係を欠くため無効であるとする原告の第一次的主張は失当というほかはない。

五、つぎに原告は被告の前示抵当権設定登記が有効であるとしても、不動産登記法第五条またはその趣旨もしくは信義則にかんがみ、被告は右登記をもつて原告に対抗することは許されないと主張するので、前に認定したとおりの事実関係のもとで、被告がその登記をもつて原告に対抗しうるか否かについて考察する。

民法第一七七条によれば、不動産にかんする物権の得喪および変更は登記法の定めるところにしたがつて登記しなければ第三者に対抗できないと規定するにとどまり、第三者の概念内容については、不動産登記法第四条第五条に明文をもつて限定するほか、これを明確にするものはないが、民法の右規定は不動産取引の安全を保護するため登記をもつて公示方法とする趣旨に出るものであるから、右にいわゆる第三者とは当事者もしくはその包括承継人でなくて不動産物権の変動につき登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者を指称し、その善意悪意を問わないものというべきである。ところで、不動産登記法は第三者の範囲にかんして、その第四条で、「詐欺又ハ強迫ニ因リテ登記ノ申請ヲ妨ケタル第三者」、第五条で、「他人ノ為メ登記ヲ申請スル義務アル者」は、それぞれその登記の欠缺を主張し得ないものとし、明文をもつて第三者の対象から除外しているが、かような規定の置かれているのは、自己の不当不信な行為によつて登記欠缺の事由を作つた者をして登記の欠缺を主張させその地位を保護することは、徒らにその者の不正な利益を擁護する結果をもたらすのでこれを許すべきでないとする法意に出たものであることを考えると、右の明文に直接該当しなくても社会生活上これに類似する程度の信義則違反と目すべき行為があり、しかもそれが悪意に出たものと認められるときは、その者は登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者として保護するに値しないから、民法第一七七条にいわゆる第三者に該当しないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告は詐欺または強迫によつて原告の登記の申請を防げたものではなく、また登記権利者に代わつて登記の申請をする義務を有する者ではないから、「他人ノ為メ登記ヲ申請スル義務アル者」ということはできないが、原告より第三者のために抵当権設定登記をすべきことを委任されて登記申請手続に必要とする関係書類などを交付されたところ、これを奇貨として委任の趣旨に反しほしいままに自己の利益のため抵当権設定登記を経由したのであつて、換言すれば、原告にたいして負担する義務をつくさないで自己の権利保全手段を講じ、ひいては原告の権利を害する恐れのある行為に出たものであるから、被告の右所為は不動産登記法第四条、第五条の規定に類似する程度の信義則違反行為であり、しかも被告は悪意者というべきである。

もつとも、不動産登記法はその第五条但書において、「其登記ノ原因カ自己ノ登記ノ原因ノ後ニ発生シタルトキハ此限ニ在ラス」と規定しており、民法第一七七条の第三者となるためには善意悪意を問わないのをたてまえとすることから考えるとたとえ被告のした登記が信義則違反行為であり、かつ悪意であつても、その発生原因が原告のそれより先に発生しているときは、登記の欠缺を主張しうる第三者に該当すると解するを相当とするが、前示のとおり原告が訴外柳との間に同人にたいする抵当権の設定および登記にかんする合意をし、いわゆる登記原因の発生したのは昭和三二年五月中旬であるところ、被告の右登記原因が効力を生じたのは同年七月七日であるから、被告の抵当権設定登記は原告のそれに優先する効力を有しないものというほかはない。

してみると、いずれにしても被告は原告との関係においては、不動産物権の変動につき登記の欠缺を主張しうる正当の利益を有する第三者に該当せず、したがつて本件土地についての先順位抵当権の登記をもつて原告に対抗することは許されないものというほかはない。

六、被告はさらに、原告において前示第三順位の抵当権設定登記をした際、すでに被告がこれに優先する第二順位の抵当権設定登記をしている事実を明示的もしくは黙示的に認めたうえでその登記をしたのであるから、原告の抵当権が被告のそれに優先するとし、配当表の変更をもとめる権利はないと抗争するので、つぎにこれを検討する。

おもうに実体上または手続上優先的順位を有する債権者が、たまたま偶然の機会によつて本来の劣後債権者より後に登記した事実があつても、前の登記に違法があると信じているときには、そのように信ずるにつき相当な事由があると否とを問わず、該登記の正当性を是認したものとすることはできない。また不動産物権の設定もしくは変更に関する登記をするにあたり当事者間で被告の主張するような合意をし、あるいは本来の権利者がその権利を放棄することはもとより可能である。しかしながら、原告が明示的に被告の権利を承認し自己の本来的な権利を放棄した事実を認めるに足る証拠がないばかりか、むしろ前示甲第一、第五号証、証人朝妻登(第一、二回)、小出良政の各証言を考えあわせると、原告は被告が抵当権設定登記をしたのが分つた後、その背信的行為にいたく憤激し、直ちに民刑事上のあらゆる手段を講じて執ようにその非違を追究し、ことに右事実の判明した直後の昭和三二年七月中旬訴外弁護士小出良政に被告の告訴方を委任しその手続をとるとともに、新潟地方法務局内野出張所長にたいし告訴状の写を送つたほか直接面会して事件の概要を述べたところ、同所長より原告も抵当権設定登記をしておいたがよかろうと助言されたため、その旨の登記をしたものであることが認められ、それらの事実よりすれば原告が黙示的にも被告の登記を承認し自己の権利を放棄したものとみる余地もない。したがつて、被告の右抗弁は採用の限りでない。

七、以上の次第であるから、被告の登記した第二順位の抵当権は原告の登記した第三順位の抵当権に対抗することができないため、さきに当裁判所が作成した前示配当表のうち、被告にたいし金七一万八、二三六円を配当する(利息三三万三、五九二円および元金八〇万円の内金)とある部分は取り消しを免れない。そこで進んで原告の配当を受けうる金額およびその内訳について検討するに、原告は債権元金九〇万円およびこれにたいする昭和三二年九月九日より同三三年七月二五日まで約定利率月一分五厘の割合による利息と遅延損害金一四万二、四〇二円の配当を求めているが、前示のとおり被担保債権にたいする約定利息についての合意の成立が認められないので民事法定利率年五分の割合による利息を請求しうるにとどまるべきところ、右期間にたいする利息が金三万九、四五二円になることは計数上明らかであるから(利息年額は金四万五、〇〇〇円であり、右期間の日数は三二〇日であるため、利息年額に三六五分の三二〇を乗じて算出し、円位以下の端数つにいては五〇銭未満を切り捨てる)、原告が配当を要求しうる金額は債権元金九〇万円および利息三万九、四五二円となるわけである。してみると、原告は前元金七一万八、二三六円のうち金三万九、四五二円は利息に、残余の金員は債権元金の内金として配当を受けうることになるので、前示配当表をそのように変更しなければならない。

よつて、原告の本訴請求は右の限度において理由があるのでその範囲で認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条但書第八九条に則り被告をしてその全部を負担させることにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

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